住居表示台帳の情報公開請求(後編)

 さいたま地裁判決では、原告が「関係人」に該当しないことは明らかであるとしながらも、住居表示に関する法律は「関係人」以外の者に住居表示台帳の公開を禁止する趣旨までは含まないと解するのが相当であるとしています。
 「関係人」とは、「住居表示実施区域に住所を有する者が含まれるのはもとより、当該区域に居所、事務所、その他の施設を有する者及び当該区域で新たに住所を設定しようとする者、営業を行おうとする者等も含まれる」と解され、「住居表示実施区域内の住民に限らず、もっと広く解して差支えない」(「住居表示制度の解説」自治省振興課編/政経書院)とされていますが、これは、「関係人」には「このように住民以外の者も考えられるところから、「新住居表示制度の解説」では「住民に限らず、もっと広く解して差支えない」としているものと思われるものであり、誰にでも閲覧を許してよいという趣旨ではない」(「地方自治第430号『地方自治相談室』」地方自治制度研究会編/ぎょうせい)と解されます。ところが、「関係人」以外の者に住居表示台帳の公開を認めるとなると、誰にでも閲覧を許す結果となり、不動産登記法第120条第1項及び第2項等が「何人も」と規定しているのに対し、住居表示に関する法律第9条第2項が「関係人」と規定している意味がなくなってしまいます。同相談室では、銀行員からの閲覧申請を「当該銀行員が関係人の範囲に含まれるということは考えられず、閲覧に応じる必要はないと認められます」としています。
 また、同判決は、同法第9条第2項は、閲覧についてのみ定めたものであり、写しの交付を求めた情報公開請求については、調整規定(情報公開条例第22条第1項)の適用はなく、同条例の規定によって写しの交付を認めるとしています。しかし、同法第9条第2項が閲覧に関してのみ規定しているのは、「関係人」の性格上、閲覧によって住居表示台帳の本来の目的を達成することができるからであって、写しの交付については、そもそも認めていないと解するべきではないでしょうか。法律上、閲覧のみを「関係人」に限っておきながら、条例の規定によって写しの交付までもが何人にも認められるというのは、「法律の範囲内で条例を制定することができる」と規定する憲法第94条に違反しないのでしょうか。
 山口地裁とさいたま地裁の判決は、山口市と戸田市の情報公開条例の調整規定の書き方によって、条例の適用関係が異なっています。しかし、両市とも、住居表示台帳の写しの交付の情報公開請求は、情報公開条例による公開請求の対象とはならないと主張しています。各地方公共団体が策定している「情報公開事務の手引」を見ると、「閲覧のみが規定され、写しの交付が規定されていない場合は、情報公開条例の規定に基づいて写しの交付の可否を決定することとし、当該法令等において明文の規定をもって写しの交付が禁止されているものでないときは、写しの交付をしなければならない」としているところもあります。おそらく、今回のような事例を想定した上での解釈・運用ではないのではないでしょうか。
 最後に、さいたま地裁判決では「本件公開請求が権利の濫用であると認めるに足りる事情は存在しない」としています。住居表示制度の目的は、住居の表示方法を合理化し、公共の福祉の増進に資することです。そのために、住居表示を実施した区域には、住居番号付定の基礎となる住居表示台帳を備え、当該区域における実施状況を明らかにしておかなければならないとされています。また、情報公開制度の目的は、市民の知る権利を保障し、市の諸活動を市民に説明する責任を果たすとともに、市民の市政への参加を推進し、公正で開かれた市政の実現に資することです。これらの制度の目的を鑑みても、営利を目的とする地図作成業者からの市内すべての住居表示台帳の写しの交付を求めるという情報公開請求は、制度本来の目的を逸脱し、権利の濫用であるとは認められないのでしょうか。
 情報公開条例も、根本的な見直しが必要になってきているのかもしれません。
 なお、個人的には、住居表示台帳は公開(情報公開コーナー等に開架)すべきものであると考えています。

投稿者 おおさか政策法務研究会管理人 : 20:22 | 情報公開・個人情報保護

コメント

 山口市の事例について
 平成19年2月8日 山口地方裁判所判決にて
   山口市の主張が認められ、
   原告である地図作成業者敗訴

 平成19年6月29日 広島高等裁判所判決
   地図作成業者の控訴が棄却される。
   地図作成業者、上告

 平成19年8月28日 
   最高裁判所に対して、
   地図作成業者が上告を取下げ。

判決文を読ませていただき、山口市の筋の通った主張には感動すら覚えました。

投稿者 ゆたぽん : 2009年5月31日 16:42

最近になって泉佐野市でも同様の事案があり,こちらは市が敗訴しているようです。控訴はされず確定したようですね。

大阪地裁平成20年(行ウ)第169号
平成21年3月12日判決
「住居表示法の規定によると,住居表示台帳に記録された情報は,当該区域の住居の表示に係る基礎的な情報として広く社会に共有されるべきものであって,同法9条2項にいう「関係人」に限らず,一般においても周知されることが予定されているものと認められる。」
「住居表示法9条2項は,当該区域の住居表示に事実上の利害関係を有する「関係人」に対し,その内容を知り得る機会を付与したことを明示するにとどまり,それ以上に, 「関係人」以外の者の公開や閲覧以外の方法による公開について具体的な規律を設けたものではなく,したがって, 「関係人」以外の者に対し,情報公開に係る本件条例によって住居表示台帳を公開することを禁止する趣旨までは含んでいないものと解するのが相当である。」
「本件条例23条1項は,法令等の規定により公文書の閲覧や写しの交付の手続が定められている場合には,本件条例を適用しない旨規定している。しかし,住居表示法が「関係人」以外の者の公開について具体的な規律を設けていないと解すべきことは上記のとおりであるから,本件条例の適用による「関係人」以外の者の開示が殊更排除されるものではないというべきである。」

その後,東京都中野区の情報公開審査会(会長兼子仁教授,会長職務代理堀部政男教授)平成21年3月25日付答申第45号でも同事案につき同じ結論となっているようです。

投稿者 TIME : 2009年6月5日 15:42

 

投稿者   : 2013年11月5日 11:20

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