平成18年3月に私の勤務する柏原市で「柏原市長の在任期間に関する条例」が制定された。
このような条例が、柏原市で制定されたのには、現市長の選挙マニュフェスト公約に多選規制が掲げられていたことに加えて、8期32年の長期在任であった前市長が、退任から3か月経った6月に逮捕されるという背景があり、このような中で提案された「連続して3任期を超えて在任しないように努めるものとする条例」は、さしたる議論もなく、あっさりと可決された。 最近、知事の不祥事などで多選の議論が再燃しており、法改正を求める首都圏サミットの意見書も出されたこの機会に、多選禁止に賛成する立場から今一度検討してみたいと思う。 1 既制定団体の状況 柏原市が条例制定した平成17年3月までに同様の条例を制定している自治体は、官庁速報等で検索したところ7団体あった(検索しきれていない団体があるかもしれない。現に我が柏原市は今でもヒットしない。)。いずれも多選禁止ではなく、努力義務規定になっている。このほか、長野県や宮崎県、神奈川県等で条例案が否決されているが、いずれも努力義務規定であった。否決された理由も憲法論のほか、後の首長を拘束するのはおかしいというものがある一方、自分自身にしか適用しないのでは条例化の意味がないというものがある。 多選自粛条例既制定団体
2 多選の弊害 一般的に多選の弊害といわれているのは、次のような点である。 (1) 独善的傾向が生まれ、助言を聞かない等の政治の独走化を招く。 (2) 人事の偏向化を招き、職員任用における成績主義に歪みを招く。 (3) マンネリズム化等による職員の士気の沈滞。 (4) 議会との関係に緊張感を欠き、議会とのチェックアンドバランスが保てない。 (5) 長期にわたって政策が偏り、財源の効率的使用を阻害する。 (6) 日常の行政執行が事実上の選挙運動的効果を持ち、それが積み重ねられる結果、 公正な選挙が期待できなくなり、新人の立候補が事実上困難になる。 3 多選規制の動き これまで法律で多選を規制しようとする動きが過去3回あった。昭和29年には知事の3選禁止法案が、昭和42年には知事の4選禁止法案が、そして平成5年には知事と政令市長の4選禁止法案が提出されているが、いずれも成立していない。 旧自治省の見解は、憲法違反であった。官選知事から公選知事になり中央からのコントロールが効かないのが多選禁止の理由だったので、地方自治を進める立場の自治省の反対はある意味当然だといえる。 これに対し、近時の多選反対論は、首長の長期在任による地方自治の発展の阻害を論点とし、自治省(総務省)からも賛同する意見が出されている。 平成9年の地方分権推進委員会第2次勧告や平成10年の地方分権推進計画で首長の多選の見直しについて触れられ、平成11年の「首長の多選見直し問題調査研究会報告書」では多選禁止は憲法上許される可能性があると述べられている。 4 憲法の原理及び規定並びに判例 前出の報告書によると、多選禁止に関係する憲法の原理及び規定として、次の5項目が掲げられている。 (1) 憲法の基本原理である立憲主義及び民主主義 (2) 14条の保障する平等原則 (3) 15条(又は13条)の保障する立候補の自由 (4) 22条の保障する職業選択の自由 (5) 92条の保障する地方自治の本旨等 昭和43年12月4日の最高裁大法廷判決では「立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要である。このような見地からいえば、憲法15条1項には、被選挙権、特にその立候補の自由について、直接には規定していないが、これもまた、同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである」とされ、被選挙権を基本的人権の一つと明言している。 その一方で、村長選挙で現職の村長が対立候補に戸籍抄本の交付を拒否することにより無投票当選した事件(最判平14.7.30)では、被選挙権の権利性そのものではなく、村民の選挙権の側から選挙無効の結論を導いている例もある。 5 多選禁止制限方式の考え方 多選禁止が憲法上許容されるとした場合における制限方式等として次のようなものがある。 (1) 就任(立候補)を禁止する期数 3選、4選、5選それぞれの禁止案があるが、これまで制定された条例はいずれも4選自粛となっている。 柏原市の現市長は、「10年やれば何でもできる。」「できないことは、10年以上やってもできない」と議会 で答弁した。鳥取県の片山知事も国会で参考人として「10年も一生懸命やってできないことは、もうでき ないんだと思います、その人には。10年一生懸命やってできることは、できていると思います。ですから、 多選はよくないと私は思います。」と発言している。 (2) 連続就任の禁止と通算期数による禁止 ア一定期数の連続就任を禁止する案 イ一定の通算期数により就任を禁止する案 多選の弊害を完全に除去すべきであると考えるのか基本的 人権の制約は最小限にすべきと考えるのかにより分かれる。 (3) 多選禁止の対象とする地方公共団体の長の範囲 ア 都道府県知事を対象とする案 イ 都道府県知事及び指定都市の市長を対象とする案 ウ 地方公共団体の長をすべて対象とする案 特に権限の大きい首長のみを対象にするのか、多選の弊害は都道府県・市町村の違いを問わず同様に 生じると考えるのかにより意見が分かれる。 禁止する多選の期数、連続就任を禁止するか否か、対象とする地方公共団体の長の範囲をどうするのか、禁止は条例によるのか法律によるのかといった制限方式については、多選による弊害は立憲主義や民主主義といった価値及び地方自治の現状に照らしてどう評価されるのかなどの点を踏まえて検討されるべきものと考えられている。 いずれにしても、その手段方法が必要最小限のものになるように、また、地方分権の流れの中で国民や住民が法律と条例の関係をどのように考えるのかということに留意しなければならないと考えられている。(前出調査研究会報告書) 6 多選禁止意見からの憲法論等 日本国憲法の基本的な原理である立憲主義は、国民の権利・自由を保障し、そのために権力が誰かの手に集中して強大にならないように権力を制限すべきであると考えるものであり、権限の集中する地方公共団体の長の多選を禁止することは、この立憲主義の考え方に適合する。また、住民が多選を望んでいるにもかかわらずそれを禁止することは、国民主権や民主制に反するのではないかという意見があるが、国民主権や民主制もあくまで国民の権利・自由を保障するためのものであり、その保障のために、国民や住民の意思によって権力を制限することは、国民主権や民主制に矛盾するものではないというのが多選を禁止すべきという立場からの意見である。 また、地方公共団体の長の日常の行政執行は事実上選挙運動的効果を持ち、それが積み重ねられる結果、公正な選挙が期待できなくなり、新人の立候補が事実上困難になるおそれがあり、選挙人の選択の範囲が狭くなる。多選を禁止すると新人が立候補しやすい状況ができ、候補者から多様な政策が提示される可能性が高まり、選挙人の選択できる候補者や政策の範囲が拡大することから、多選禁止は民主主義の理念に適合する、といった意見も示されている。 7 賛成意見と反対意見についての考え方 多選を禁止すべきとする意見と多選禁止に反対する意見についての考え方には、次のようなものがある。 (1) 立候補の自由は権利であるとともに、当選すれば公職に就き住民の代表として住民福祉の向上のため に公務を遂行することになるという面で公共の福祉と密接な関係があり、その趣旨からの必要最小限度の 制約は憲法上も立法政策上も十分考慮されてよい。 (2) 多選による政治の独走化、施策の偏りといった事柄は本来定量的に計ったり統計的に数字で処理する ことができるような性格のものであるのかという問題があるが、かといって適正な価値判断が不可能という ものではない。 (3) このように考えてくれば、今日における地方公共団体の長の多選問題は、地方分権の流れに伴って地方 公共団体の長の力がますます大きくなっていく状況の中で、国民や市民が多選による弊害や問題点を立憲 主義や民主主義といった憲法上の価値に照らしてどのように評価し、多選禁止を必要とし、望ましいと考え るのかどうかという点に集約される。すなわち、民主主義の担い手である国民や住民が民主主義のルール として多選禁止の必要性をどのように判断するかということであり、そしてその手段方法が必要最小限のも のであるかどうかが議論の焦点になると考えられる。(前出報告書) 8 終わりに 以上の意見に種々反論はあるだろうが、私見では、ほぼ上記8の意見どおり多選を制限すべきであると考える。 多選制限については、選挙民の選択に委ねるべきだとの意見があるが、7の後段で述べたように、長期になれば利益誘導の構図ができあがり、公正な選挙が期待できない。新人が立候補しにくくなり、選挙に対する関心が薄れ、低投票率につながる。これは、やはり地方における民主主義を阻害すると言わざるを得ない。 被選挙権も基本的人権の一つとして尊重されるべきであるが、多選の弊害を防止するという公共の福祉の観点から必要最小限の制約は認められるという意見に賛成する。 何が必要最小限かは、何期までか、連続か通算か、知事だけか市町村長もか等の議論があり、すべてをこの場で検証することはできないが、多選をどのように評価するかそして何が必要最小限であるかは、地方自治の担い手である住民の判断に委ねるべきである。すなわち、条例によりいかようにも規定できると考えたい。多選自粛条例でも条例に反して立候補するには、有権者に対しての説明責任が発生するので、多選制限の効果は期待できるが、公共の福祉の観点から多選制限が認められるのならば、憲法上の問題はクリアでき、自粛ではなく多選禁止条例も理論上は可能になるはずである。ただし、条例に反する立候補の届出が公職選挙法上の要件を満たしていた場合、これを受け付けない選管職員は法に違反することになり、受け付けた職員は条例違反となる。これらを解消するためには、条例で多選を規制することができるように法を改正することが必要になる。 多選イコール弊害や悪ではないが、柏原市では、大半の職員が首長の交代を初めて経験し、とまどいはあるものの、これまでのやり方を見直し、自分自身の頭で考えるようになり、組織として活性化したと感じているのは、自分だけではない。 地方自治の活性化のために、現在の多選自粛条例を評価しつつ、さらに進めるための法改正を望むものである。 |