法 律 書 感 想 録    2010年版


最終更新 10.03.14

 自治体法務検定委員会編 『自治体法務検定公式テキスト 政策法務編』(第一法規、2,800円)
 2010年6月に第1回自治体法務検定が実施されることは、政策法務に関心を持っている自治体職員ならばご存じだと思います。本書は自治体法務検定の公式テキストとして昨年7月に出版されたものです。諸事情が積み重なってここで紹介するのが大幅に遅れました。
 自治体法務検定の公式テキストと聞くと、ハイレベルで難解なものだと思ってしまうかもしれませんが、内容は政策法務の体系に沿って、基礎的な事項を丁寧に解説されているもので、決して難解なものではありません。「第1章自治体法務とは」「第2章立法法務の基礎」「第3章解釈運用法務の基礎」と進んでいき、全体で8章構成、本論322頁のボリュームです。自治体法務合同研究会のメンバーなど、自治体職員の中には政策法務の基礎的知識を十分持っておられる方もいますが、そういう方が読めば、余白に様々な情報を書き込むなどして、自分だけの独自のテキストあるいはサブノートに仕上げていくこともできると思います。
 その一方、基礎的な事項を丁寧に説明されているテキストではありますが、決して低いレベルなものではないと思います。一般に政策法務といえば条例を中心とした自治立法論に偏りがちですが、むしろ解釈運用法務の方が重要だという意見も強いです。例えば、多くの自治体職員が必ずしも十分に理解できていない自治事務と法定受託事務の相違は第3章第1節で、関与制度については第3章第3節でそれぞれ10頁ほど割かれて解説されています。当然、国地方係争処理委員会、自治紛争処理委員会についても触れられており、「第1次地方分権改革による改正地方自治法の重要システムが学べるるように配慮されています。このほか、多くの自治体職員が敬遠しがちな行政争訟法、国家賠償法、損失補償法については「第4章争訟法務の基礎」で基礎的事項や重要論点が学べるようになっています。地方自治の制度(第5章)、行政手続とパブリックコメント(第6章)、情報公開と個人情報保護(第7章)と続き、公共政策と自治体法務(第8章)では、例えばNPM改革などについても解説されています。これ1冊で政策法務の体系的基礎知識は必要十分だと思います。
 参考までに付け加えておくと、第一法規からは、すでに加除式書籍として『政策法務の理論と実践』が出版されており、現在のところ最も詳しい政策法務文献として知られています。この検定テキストは、『政策法務の理論と実践』を読む前段階のものとして考えてもいいと思います。
 勉強の方法としては、初学者が独学するのは、継続が難しいと思います。そこでいろいろ議論しながら進める勉強会を開催するのが好ましいようです。神奈川県、千葉県、そして兵庫県芦屋市では、職員有志が勉強会を開催しているようです。こういう取り組みが広がればいいと思います。
(10.03.14記)

 アンソニー・ギデンズ 渡辺聡子 『日本の新たな「第三の道」 市場主義改革と福祉改革の同時推進』(ダイヤモンド社、2,000円)
 新聞の書評を見て興味を持ったので、購入し、読んでみました。法律書ではありませんが、2007年の感想録で紹介した、デヴィッド・ハーヴェイ・渡辺治監訳『新自由主義』と同様に、重要な文献になると思います。
 アンソニー・ギデンズはイギリス貴族院議員で、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)名誉教授。現代社会学jの権威であり、トニー・ブレア政権の「第三の道」路線を理論的に主導したことで世界的に知られています。渡辺聡子氏は上智大学総合人間科学部教授。本書は1995年から15年間に亘るお二人の共同研究の成果です。
 イギリスにおける「第三の道」とは新自由主義改革の弊害を踏まえて、社会民主主義に新自由主義的なものを部分的に取り入れるという政治手法と理解してよさそうです。一方、日本が進むべき「第三の道」として、その基盤となる21世紀の新たな社会モデルは、環境・グリーン産業に牽引される「低炭素産業社会」であることを踏まえ、自由市場主義と福祉国家主義の統合であるとされています。市場主義改革と福祉制度改革を同時推進することが、日本の「第三の道」」ということです。その理念として、@政府は「課税し浪費する」アプローチとは縁を切らなければならない、A「権利には責任が伴う」ことを前提とした新しい社会契約の枠組みを構築する、B中央集権的な官僚的政府から脱却する、C構造的多元主義に基づく国家と政府の構造改革が必要、D政治的措置は市場の本質的機能を補完し向上すべきもので、妨げるべきものではない、E国家は社会的・倫理的な枠組みの維持に必要な社会的プログラムを遂行しなければならない、と6つの基本理念を提示しています。
 一方で、福祉制度改革が果たしてできるのかという強い疑問が生じます。本書でも、「福祉制度改革が容易ではないのは、既得権益を生むからで」あり、「何らかの社会保険給付がいったん制度化されると、当初の目的に合致してようがいまいが、給付制度が一人歩きを始める」、「期待が固定化され、利益集団は自己の権益を保守しようとする」、そのため「制度改革は大規模な抵抗に遭うことにになる」、「福祉給付は往々にして受身の姿勢や依頼心を助長し、受給者の自立を妨げる」というのです。日本におけるこの数年間の社会保障法制の改革が、ここにきて後退しつつあるのは、本書の指摘と適合しているようにも思われます。利益集団という言葉は、今までは道路やダムなどの土建行政を批判的に見る場合に用いられるものですが、利権は福祉行政にも存在していることを明確に述べられています。日本の社会保障研究者で福祉利権(集団)という言葉を用いる人はほとんどいないのではないでしょうか。
(10.02.28記)

 碓井光明 『社会保障財政法精義』(信山社 5,800円)
 碓井先生の精義シリーズ第4弾です。これまでの「公共契約法精義」「政府経費法精義」「公的資金助成法精義」の流れとはやや異なり、社会保障という「各論」分野における財政に関する法的研究書です。社会保障財政法とは、「社会保障に特有な資金調達と管理及び社会保障給付のための経費に関する法」であるとされています。
 本論が600頁余りで、多くのの情報が提供されており、今まで特に法的根拠について疑問を持っていなかったことも知識を得ることができました。例えば、医療保険(健康保険)の被扶養者に該当するかどうかの基準として、認定対象者の年間収入が130万円未満で、被保険者の年収の2分の1未満であるということは、毎年調査があり常識とされています。しかし、被扶養者の認定という行政処分の法的根拠は、昭和52年4月6日付の厚生省保険局長・社会保険庁医療保険部長通知によるもので、国民年金第3号被保険者の認定も昭和61年3月31日付厚生大臣通知によるものです。社会保険法制に詳しい人ならば、このようなことはまさに常識としての法知識なのでしょうが、この文献で初めて知ることができました。
 社会保障財政法においては、保険料の未納・滞納者や不正請求に対する法的措置も論点になります。社会保険料については、普通徴収が原則とし、年金受給者については年金からの特別徴収方式が採用されつつあります。介護保険が開始されて間もないころは、年金から天引きされている介護保険料について苦情が多かったと思われます。しかし、碓井先生も滞納の自由は認められないから、特別徴収は甘受しなければならないとされています。滞納処分については、国民健康保険料や国民年金保険料は、従来は抑制してきたようですが、平成15年から社会保険事務局長に対して所得や資産の多い未納者に対して最終催告状を送り、納付しない者には督促状を送って強制徴収手続をするようにという指示がなされ、ようやく積極的に取り組むようになり、平成16年には強制徴収を活用するようになっているようです。真面目に保険料を納めている人がいる一方で、保険料未納者が激増する中、遅まきながらですがこうした対応は当然です。
 社会保障給付について、社会保険・介護保険では民間事業者が関与していますが、それらが義務の不履行をすれば勧告、公表の仕組みが用意されていることも関心を持ちますが、社会保障財政に関わる領域では勧告・公表の仕組みは少ないようです。
 社会保障について財政法からアプローチしている類書はなかなか見当たらないと思います。社会保障財政法と政策法務の融合は難しいですが、本書はその指針を示されているように思います。
(10.02.07記)