法律書感想録スペシャル[U]
―上智大学法学部教授・北村喜宣先生ご執筆文献―

 法律書感想録スペシャル第2弾は、上智大学・北村喜宣先生のご著書・論文です。北村先生とは、2003年(平成15年)7月に開催された第9回自治体法務合同研究会福井大会に参加させてただいた際、初めてお目にかかることができました。その後、誠にありがたいことに、交流をさせていただくとともに、信山社の政策法学ライブラリイへの執筆をお誘いいただくなど、私の政策法務研究活動に多大なるご支援をいただいています。何ら利害関係を持たない一介の自治体職員に対して、こうした支援をなされるというのは、行政法研究者という立場とともに、やはり法学教育者としての意識を強くお持ちだからこそではないかと考えています。感謝です。
(04.12.11記)

北村喜宣 編著 「分権条例を創ろう!」(ぎょうせい・2600円) 
 執筆者は、北村喜宣先生をはじめ、政策法務論では御馴染みの、磯崎初仁・中央大教授、山口道昭・立正大教授、横須賀市の出石稔氏、田口一博氏など、総勢12名で分担執筆されています。第1部分権条例の理論と発想は7章構成、第2部分権条例の最前線は4章構成で、様々な分権条例に関する論稿が23本も収められています。
 分権改革によって自治体が獲得できた代表的なものに「拡大された条例制定権」があることは、もう皆さんもご存知のとおりだと思います。しかし、これは正確な言い方ではありません。あくまで条例制定の可能性が拡大しただけで、拡大した条例制定権をどうやって使い、どうやって地域の特性に適合した法環境を創出し、団体自治と住民自治という地方自治の本旨、地域の最適化を実現していくかは、まさに自治体次第ということになります。とは言うものの、現実問題として、多くの自治体職員にすれば、分権時代にふさわしい条例と言われても、なかなかピンと来ないのが正直なところではないでしょうか。しかも、現在のところ、分権時代の条例に関する確立した一般理論が形成されているわけではありません。ゆえに、あくまで暫定的な議論になるかもしれません。それでも、条例論こそ分権時代の政策法務の基本であることを考えれば、知らん顔をして通り過ぎることは許されないと思います。
 そこで、本書では分権時代にふさわしい条例、すなわち地域の個性と自治体の政策に裏づけられた条例を「分権条例」とよぶことにしています。そして策定過程が重要で、自治体全体の条例整備方針を、できれば自治基本条例で明記しつつ、個別行政分野の条例整備計画を策定することが求められるとしていまうs。条例は、必要に迫られた各部局が別個に制定しているのが実情ですから、分権推進戦略の姿勢を明確にするためにも、こうした対応をとるべきではないでしょうか。特に「自治体条例の体系化」という論点は、最近になって私も大いに関心を持っています。基本構想で示されている政策方針と例規集に搭載されている条例の体系が、全く整合性の無い、意味不明なものになっていることについて、再検討の余地があると思います。
 分権条例を積極的に推進していこうとするならば、やはり相応の体制を整備しなければなりません。個別にバラバラな条例整備をするのではなく、体系的で一環した整備を進めるべきではないでしょうか。本書を参考に、分権条例の発展をめざして、まい進していきたいものです。
(04.09.11記)

北村喜宣 「自治力の情熱」(信山社・1,155円) 
 信山社の政策法学ライブラリイ・シリーズの第9巻になります。北村先生は、政策法学ライブラリイ・シリーズで、これまで「自治力の発想」、「自治力の冒険」の2冊を出版されており、本書は”自治力シリーズ”の3作目になります。何作目まで続くでしょうか。私としては、楽しみの一つになっています。全体で5章構成、本論正味100頁というコンパクトなテキストながら、あいかわらず軽妙な北村節が随所で炸裂しています。
 自治体の広報紙などを読んでいて、時折目にするフレーズに、「今後も分権は進展していくでしょう」とか「分権は時代の流れです」などというものがあります。この表現は明らかに地方分権を他人事としている思考に根ざしたものと受止めています。分権推進は分権改革を主張してきた自治体が主体的に取り組むべきものであるという認識に欠けた表現になるのです。本書の「はしがき」に記述されているように、(法の)自主的解釈を駆使して、自分の自治体においては、地域特性に応じた対応が適法にできるような法環境を創造してゆかなければなりません。地方分権改革とは分権推進のための法改革だということであり、主体的に推進するものだという強固な理念が必要でしょう。
 本書で特に興味深かったのは「第3章 政策法務と職員研修」です。現実問題として、政策法務に関心がある自治体職員は、全体から見ればごくわずかであると思っています。それゆえに多くの職員に政策法務研修を受講させても効果は上らないどころか、職場に戻れば何ら研修成果を活かせないままであり、単なる税金の浪費になってしまうという認識でいます。そこで、熱心な職員に対してはリピーターになることを認めて、同内容の研修を繰り返し受講することを認める方が成果が上ると考えられるのです。法的知識は一朝一夕に習得することはできません。3年程度かけてもよいのではないでしょうか。北村先生の政策法務研修に関する基本的な考え方はこうしたものです。
 多くの自治体が、戦略的に政策法務組織を立ち上げ、本格的に着手すべきだと思っています。当面は、実質的な人員増を伴わない、横須賀市のような「政策法務委員会」の設置を検討するべきでしょう。この期に及んで職員の意識を変えることなど不可能です。組織は戦略に従います。戦略を明確にすれば、寝たきり職員も動かざるを得ないのです。そうすることで意識と行動も変わってくると思います。
 このほか、本書では自主解釈と条例、義務履行確保と実効性確保など、自治体現場の職員にも興味のある論点について、簡潔・明快に論じられています。「時間がないから読めない」という言い訳が通じない本です。
(04.08.22記)

 北村喜宣・福士明・下井康史 「産廃法談−法学者のウラ読み廃棄物処理法」(環境新聞社・1500円)
 本書は「いんだすと」誌という廃棄物処理行政に関する専門誌に連載されていた「リレー・エッセイ 産廃法こぼれ話」に若干の書下ろしを加えたものです。3人の執筆者のうち、下井先生(新潟大学実務法学研究科助教授)とはまだ面識がありませんが、北村先生、福士先生ともに存じ上げているので、御三方の個性が発揮されている、興味深い短編集として読ませていただきました。産業廃棄物問題に無関心な自治体関係者は皆無だと信じています。しかし、産廃問題を理解するためには廃棄物処理法の理解が必要です。ところが廃棄物処理法はかなり難解な法律で、体系書を読むとなれば大仕事になります。そうした状況を考えた場合、本書は全体で6章構成、本論は200頁足らずのコンパクト本です。気軽に廃棄物処理法を学ぶには、ちょうど良いテキストだと思います。しかも珍しいことに参考文献の記載がないということも特徴でしょう。普通、法律書には相当数の参考文献が引用されていることから、本書の意図を感じることができます。
 廃棄物処理法は環境行政法の中でも、社会的にも非常に関心が高い法律ではないでしょうか。その関係もあって、1997年、2000年、2003年、そして2004年と改正が繰り返されています。本書を読んでいて思ったのは、廃棄物処理行政の現場では、行政指導、要綱、条例規制、情報公開、行政手続、そして刑事法的対応など、ともかくバラエティに富んでいて、まさに政策法務の宝庫ではないかと感じたことです。特に、気付くことは、刑法や刑事訴訟法の知識を要する数少ない仕事だということです。もっとも、こんなことをいえるのは、私が廃棄物処理行政に従事した経験が全く無いためだと思います。現実は、廃棄物処理事業者との厳しい交渉に直面すするなど、かなりストレスが溜まる仕事であるようです。
 面白い話が満載なのですが、最も気にかかった論点は、「不受理返戻」という問題です。例えば、法15条に基づいて産業廃棄物処理施設設置の許可申請を行ったとしても、受理されないまま、書類不備等を理由に突き返されることがなされているようです。行政手続法7条は、不受理返戻を否定しているのですが、遵守されていないということです。しかし、これをされると申請する側は、対応が極めて困難になります。「不受理」があったという証拠も残りにくいので、法的に争うこと自体も難しく、まさに法外なやり方と言えるでしょう。他の行政分野でも同じような対応をしているケースがあり、苦々しい思いをされた方もいると思います。
 価格も手頃だと思います。環境行政法の入門書としても良いのではないでしょうか。一読をお勧めします。
(04.07.18記)

地方自治職員研修臨時増刊号76「自治体力としての職員力」(公職研・1,680円)
 副題に「コンプライアンスと協働の職員論」とあり、私が強い関心を持つテーマに関するものです。全体で3章構成で26本の論文、資料編としてコンプライアンスについての自治体調査結果も掲載されています。特に印象に残ったいくつかの論文を簡潔に紹介させていただき、感想を述べたいと思います。
 第1章 コンプライアンスとセキュリティ 〜的確・積極的に「守る」職員論〜
 またしても先頭打者は上智大学の北村喜宣先生です。「自治体職員と組織の法令遵守」というテーマで論じられています。その中で、分権推進型組織への変革戦略の一つとして、職員個人の法令遵守意識と職員組織の法令遵守意識は別に認識されなければならないと主張されています。しかし、実際には法令遵守ではなく先例遵守、マニュアル遵守が今も当然のごとく大手を振っています。また、コンプライアンスとは遠く離れた絶望的な状況になっている組織の中にいる者は、果たしてどうすればいいのかと考え込んでしまいます。三菱自動車リコール隠し事件や浅田農産事件、警察裏金事件などからも、他人事とは思えません。
 次に札幌大学講師の田中孝男先生が「自治体における個人情報保護のあり方」というテーマで論じられています。自治体における個人情報の保護はすべての自治体職員に求められる基本的なセンス・職員力(リテラシー)であると主張されています。現実に、私も仕事で日々、多数の個人情報と接しています。田中氏は福祉部門には介護や障がいに関する情報があるとされていますが、介護保険に関して言えば、所得情報、納税情報も存在しており、職場は個人情報の宝庫となってます。個人情報に関する漏洩事件は毎日のように新聞紙上を賑わせていますが、田中氏も指摘されているように、職員に個人情報やプライバシー保護の意識が浸透しているとはとても言い難い状況であり、いつ、同様の事件が発生してもおかしくないという認識でいます。法務感覚、人権感覚が希薄で、職員のプライバシーについてさえ覗き見嗜好が強い者が多い中、常に危険と隣り合わせであることに改めて戦慄を覚えます。
 ニセコ町の片山健也氏による「情報公開から情報の共有化へ」という論文も、興味深いことが論じられています。情報の共有化を妨げるものは、自治体職員の意識と戦後続いてきた縦割りの閉鎖的な自治体組織そのものであるとされ、住民と自治体の懇談会は、大部分の情報を自治体職員が持ち、住民が不明な点の説明を受けることで行われることが多いと述べられています。そして、これは自治体職員は議論の中で自らの情報における「比較優位性」を担保し、それによって表面的な専門性を演出しつつ、議論の主導権を保持しているのであると指摘されています。かけ声ばかりで実態として情報共有が進まない原因をスバリと述べられているわけです。表面的な専門性の演出が巧い職員は確かに多いように思います。
 第2章 改革型・協働型人材育成と人事制度−問題解決型「攻め」の職員論−
 北海学園大学教授の森啓先生の「自治体の職員力」も啓発を受けます。現状、状況追随思考になっており、状況突破力を衰弱させている自治体職員は、日常の実践活動によって「自治体理論」を自身の「思考の座標軸」に定置しなければならないことを主張されています。そして、自分の才覚で処理することがゼロ%であるなら、市民との信頼関係とか市民との協働などと利いた風なことは一切言うなと主張されています。思わず「はい、わかりました」と返事しそうになりました。私が協働という言葉を聞かされるたびに空々しさを感じてきたのはこういう意識でいるからかもしれません。また、少し以前に、政策評価制度の導入が流行のように広がったものの、評価制度が機能している自治体はどこにもない原因として、自分の担当職務の問題点が見えていない公務員が、行政実態が分かっていない外部講師の指導で、抽象用語のにわか勉強をしてまとめた制度だからであると断じています。評価制度という器を作っても、何が問題なのか評価思考ができないために生じている現象とも言えるでしょう。
 墨田区環境保全課の村瀬誠氏による「ルーチンワークに夢とロマンはあるか」は、自治体現場の仕事をしている職員に、いかにして政策思考が重要であるかを認識させる格好の論文であると思います。雨水利用システムが墨田区で導入、実践されていることは、この論文で初めて知りました。実は、阪神淡路大震災で損壊した学校校舎を改築・補修することになった際、環境教育の一環も含めて、雨水を利用した仕組の導入について、職場で非公式に提案したのですが、技術系職員から一笑に付されたことを思い出しました。墨田区の先進性をひしひしと感じます。それゆえに、日々の定型単純業務に夢やロマンを持つことは、非常に困難だと思ってしまうわけです。
 第3章 住民を向いた仕事を可能にする組織づくり事例
 第3章は、危機管理、公益通報、コンプライアンスに関する先進他都市の取り組み事例が紹介されています。
 近江八幡市では職員に対する恐喝事件を契機に、平成12年4月からコンプライアンスマネジャーを配置し、不当要求やトラブルに関する相談体制を整備しています。年間300件ほどの相談事例があるということです。また、平成13年7月からコンプライアンス条例も施行されています。コンプライアンスマネジャーを配置してからは、不当要求常習者はほとんど市役所に顔を見せなくなったとのことです。市政とは利害関係のない、県警と県からの出向職員がコンプライアンスマネジャーであることも影響しているのでしょう。コンプライアンス条例について、私が関心があるのは、議員による不当要求にまともな対応が可能なのかということです。江戸の敵を長崎で討たれるということを怖れる余り、条例適用の回避現象が生じるのではないでしょうか。また、幹部職員が暴力団と親密な関係にある場合の対処法はどうすべきかなどについても関心が向きます。
 東京都千代田区では平成15年8月1日から千代田区職員等公益通報条例を施行しています。通報の受け皿として、行政監察員を配置し、2名の弁護士に委託しているようです。もっとも、当初の条例案では通報は匿名でも可としていたのですが、区議会から「無責任な誹謗中傷に濫用されるおそれがある」などという反対意見があり、議案訂正により、原則実名にすることになったようです。議案訂正ではなく、条例案に問題があるならば、議会自身がその「自己責任」で修正議決すべきだったと思います。せっかくの先進的条例であるにもかかわらず、立法過程には少しがっかりしました。
 自治体コンプライアンスや人事制度改革などの論点を真剣に考えるならば、必ず読むべき文献でしょう。
(04.06.27記)

都市問題第95巻第5号「特集 都市自治体政策法務の可能性」(東京市政調査会・750円)
 政策法務に関する最新の論文集です。読み応え満点の論文が6本収められています。当初、読もうかどうしようか少し躊躇したのですが、買って正解、読んで満足の1冊でした。
 最初に、北村喜宣教授(上智大学)の「自治体の法環境と政策法務」です。北村理論がコンパクトにまとめられていると思います。
 自治体政策法務は、自治体変革のための戦略であるとしたうえで、「法環境」という概念をキーワードに議論を展開されています。本書全体を通じて気付いたことに、法環境という概念を多くの論者が用いられている点があります。北村教授は、法環境は@地方分権一括法施行後の現時点における、法令および自治体に対する関係通知、Aそうした法制度状況に対する、行政組織および個々の職員の意識、の2つから構成されると提示されています。そして、自治体が機関委任事務から解放されたその効果を最大限に発揮するのは、行政組織としての法令の自主解釈によるとされています。実は、私も法環境という概念に関心を持っていたのですが、どう構成すれば分かりやすく、かつ、政策法務の思考と実践に関連づけることができるか、迷っていたところでしたので、やっとスッキリした気分になりました。また、自治体政策法務を展開してゆくにあたって踏まえるべき基本理念として、「自己決定と自己責任」、「公平性と透明性」、「アカウンタビリティ」、そして「効率性」などがあるとされ、自治基本条例やいわゆる地方分権推進計画のようなものに明記することの重要性を主張されています。さらに、法令自主解釈を踏まえて法政策や法運用の可能性を開拓してゆくのが政策法務を展開する自治体行政であるため、現在の法環境をどのように把握するのかは、決定的に重要であり、地方分権時代の政策法務は、憲法に立ち返り、地方分権改革がされた意義を十分に理解することから始めることが必要であると主張されています。そして、最後に述べられていることなのですが、自治体政策法務の目的は、分権推進的な国法システムの創造を促すことであり、憲法92条、地方自治法1条の2、2条11項〜13項に表されている法環境を実現することは、国の責務であると同時に、自治体政策法務の重要な任務であるという考えには、強い共感を覚えます。
 次に、金井利之助教授(東京大学)の「東京都庁における法務管理−東京都庁総務局法務部」という論文です。日本最大の自治体である東京都の、法務部の実態について、詳細に論じられており、極めて興味深く読むことができました。法務部という組織名称からわかるように、自治体で部レベルの法務担当は東京都だけです。しかも、訴訟と不服申立への対応を担う組織であり、立法法務は所管していないのです。職員数は2003年4月現在で42人。うち、法曹資格者が4人いるのが最大の特徴でしょうか。歴代の法務部長も法曹資格者が就くことが多かったようです。それにしても、首都・東京だけあり、訴訟件数は尋常ではありませんね。訴訟件数の民事/行政の比率は1対1に近づいてきているようです。民事事件だけで年間200件強程度で、毎年新規発生が100件程度であることから、行政事件が増加傾向にあるようです。行政不服申立にいたっては、年間多いときで1500件程度。職員1人平均で20件程度の訴訟を抱えており、1件あたり年間5,6回の弁論があるとして、弁論だけで年平均100回、つまり、2日に1回は裁判所へ行き、2日に1回は準備書面を書くという、恐ろしいほどの超多忙ぶりです。 金井助教授は、東京都法務部による訟務中心の法務管理の到達点は、「争訟化する地方自治」を先取りしたものであること、「政策法務」へ舵を切る最後の巨艦かもしれないこと、法務部を基盤に自主立法より先に争訟法務から政策判断を重視する政策法務に転換しつつあるのかもしれない、と締めくくっています。もし、東京都が総力を挙げて政策法務に取り組むことになれば、地方自治にある種の地殻変動を引き起こす可能性があると思います。東京都法務部に関する貴重な論文であると思います。これは読まないと損ですね。なお、知識不足を露呈してしまい、お恥ずかしいのですが、東京都法務部が訟務専担組織だとは、この論文を読むまで、全く知りませんでした。
 三番目に、今井照教授(福島大学)の「市民自治の制度化と政策法務−自治体ガバナンスの構成転換に向けて」という論文です。まず、政策法務への誤解として、新しい条例づくりに帰結してしまうこと、その新しい条例の水準が法律ほど厳しくはないが、要綱ほど緩いものでもない、ほどほどの内容のアイデアが提示されることを指摘されています。前者は、政策法務というのは、特定の法務担当者や企画担当者だけに求められるのではなく、あらゆる業務に共通する感覚的な基盤として重要であるとされ、後者については政策法務の先駆性の欠落があるとされています。また、政策法務がもつ法規範性の源泉を役所に求めるのは誤りで、市民にあると考えねばならないと主張されています。こうした現状を踏まえて、市民自治の制度化に向けた自治体ガバナンスの課題として、政策と法とに生じる緊張関係、なぜ分権改革によって政策法務が浮上してきたのかの必然性、自治体の政治・行政と市民との関係に及ぼす課題という点を掲げられています。そして、自治体議会が統治機構として現実的に機能していないことを指摘し、市民がガバナンスのための自治体法づくりを実践しようとするとき、首長を中心とした自治体行政機構に向き合うことになるため、市民と自治体議会との間に不必要な軋轢を生むと述べられています。次に、市民自治の成熟化と制度化への課題として、全委員が公募市民で、116人から構成された熊本市の「協働のまちづくりを進める市民会議」を事例に、市民自治の制度化について論じられています。熊本市では、この会議において、自治基本条例の制定をめざしているようです。50万都市・熊本での自治基本条例の制定が、今後、どのような経緯を踏んでいくのか、注視したいと思います。そして、最後に、自治体ガバナンスを進めるには、自治体行政における行政の政治化と自治体政治における政治の行政化という二つのベクトルを交流させ、その重要なツールが政策法務で、なぜなら、両者のフィールドにおける共通言語となりうるからであるとされています。そして、市民自治の制度化における政策法務の役割は、多様な政策主体間の相互作用にこそあるのではないかとまとめられています。今井教授の論文は読んだ記憶がないのですが、独自の構成で、興味深く読むことができました。
 四番目に、名和田是彦教授(東京都立大学)の「地域社会の合意形成と自治体政策法務」という論文があります。まず、自治体独自のローカル・ルールに加えて、地域レベルのコミュニティ・ルールに関心が高まっていることを指摘されています。それは、規制緩和とスリムな政府への志向は行政と市民の協働によって、必要な公共サービスの質と量を確保することが課題となっていることが背景にあり、それゆえ、コミュニティ・レベルの総意を形成し、合意を形成するという課題は、コミュニティにおける公共サービスを必要なだけ確保するという課題と不可分であるとされています。そして、コミュニティにおいて、ルールが自主的に形成され、様々な工夫によって必要とされる公共サービスが提供されることが、最も必要とされており、これを自治体としてどのように支援できるかを問題提起されています。そして、第27次地方制度調査会答申における地域社会設計を紹介され、コミュニティには合意形成・ルール策定の機能に加えて、公共サービスの提供者としての機能も求められていると指摘されています。そして、近年の自治体政策法務の動向として自治基本条例を取り上げられ、その共通の問題関心として、住民自治の充実、参加と協働、コミュニティへの着眼の3点を掲げられ、各自治体における自治基本条例の特徴について触れられています。そして、都市計画の分野ではありますが、自治体の「まちづくり条例」において、コミィニティ・レベルの住民の協議会組織を認知して、その合意を尊重してまちづくりを進めるという手法は、コミュニティの制度化にほかならないと指摘されています。最後に、名和田教授は、いくつかの同心円状に重層構造をなしている地理的な範囲を管轄する地域組織、自治体、国家、国家連合など、地理的範域に基礎を置く組織を「領域社団」とよんでいることを紹介され、これがそれぞれの一般意思を形成してそれぞれのレベルの運営をしていくのであり、領域社団の最も身近なレベルは今や市町村ではなく、小学校区程度のコミュニティであるとされています。自治体法務によって、こうした重層構造を制度化しておく必要があるとされているのです。
 次に、天野巡一教授(岩手県立大学)の「自治体政策法務と訴訟法務」があります。訴訟法務、特に住民訴訟と監査制度に関しては、かなり問題視されているようです。住民訴訟改正前4号請求は、執行機関である長を個人として訴えることができたため、自治体の財務会計において自浄作用が働いていたとしつつ、改正後の訴訟は、長個人ではなく行政機関としての長に対して損害賠償又は不当利得返還請求を行い、責任が肯定される判決が確定してから、代表監査委員が長個人に責任を追及する訴訟を提起するという、2段訴訟になってしまったため、独断・専横に対するチェックが働かなくなってしまい、違法性のある公金支出が巧妙、陰湿になるのではないかと主張されています。また、現行の監査委員制度は、違法・不当な財務行為を監査の上、是正等をはかることが前提となっているものの、代表監査委員は職員や議員のOBであり、特に職員OBの監査委員では、行政機関として長に対して独立・対等の地位が保たれるのか疑問が残るとされています。いずれ、制度上の弊害が露見することになるのではと、私も予測しています。
 最後は、加藤良重氏(東京都市町村職員研修所特別講師)の「新しい法環境に対応した自治体職員の政策法務研修」です。ここでも法環境という概念が用いられており、分権改革によって大きく変化したとされています。政策法務とは、法を自治体政策の重要な実現手段として積極的にとらえ、活用し、政策と法務を分断するのではなく、相互に密接不可分のものであり、自治立法・自治解釈・争訟法務、そして国法改正の4つを内容とするとされています。国法改正を政策法務の内容に含めている点は特徴的です。こうしたことを踏まえて、政策法務研修の現状、新たな取組み、今後の課題などについて、論じられています。しかし、実のところ、私は政策法務研修論には少し懐疑的です。なぜなら、政策法務研修を受けて職場に戻っても、現実には何の役にも立たないという実態が存在している以上、政策法務研修そのものが税金の無駄遣いにしかならないという意識でいるのです。何よりもまず、自治体として政策法務にいかにして取り組むのか、いかなる人材を育成するのか、明確なビジョンを設定・宣言すべきだと思うのです。何もビジョンを持たないまま、政策法務研修だけ実施しても、成果は何もないでしょう。例えば、職場にパソコンを導入しないのに、全職員を対象にパソコン研修を受講させることがムダなことと同列に見ているのです。
(04.05.19記)

北村 喜宣 著 「分権改革と条例」(弘文堂・5,775円) 
 弘文堂の行政法研究双書19として出版されました。このシリーズは高度な行政法研究論文の文献として有名で、執筆者には著名な研究者の方々が名を連ねられています。その中の1冊として、環境行政法の研究者であり、分権時代の自治体政策法務について先駆的な研究、提言をなされている上智大学教授の北村喜宣先生が本格的かつ体系的な条例論をまとめられました。まさしく「超大作」です。全体で12章構成になっており、分権時代の自治体条例のあり方について、様々な角度から理論的かつ実践的な知見を披露されています。そろそろ条例論をマジメに(?)勉強しようと思っていた私としては、ちょうどよいタイミングで出版された貴重な文献になります。本書に関しては、いつもの北村流ジョークは陰を潜め(?)、徹底して法理論を追求されている姿勢が明確に出されています。条例理論というものをどのように考えれば良いのか、私としてはほとんど考えがまとまっていない状況において、大切にしたい文献の一つになります。以下では、私が読んで、特に印象に残った点などをかいつまんでまとめておきました。参考にしていただければ幸いです。ただし、短期間で読み終えたということもあり、恥ずかしながらまだ理解不足な点が多々あると思います。文章表現におかしな箇所があるとすれば、それが原因です。その点については、今後、再読するなど、自己研鑽で補うということで、北村先生、お許しください。
 第1章 法律にもとづく条例の意義と機能
 「法律にもとづく条例」を考える場合、そもそも事務には本来的国の事務と本来的自治体の事務があり、国会が法律によって国の事務と自治体の事務に配分しているわけであり、それを分権前は団体委任事務とした場合に、その実施方法として条例という法形式を選択することがあったとされています。この場合には委任条例ということになり、法律の一部として機能することが予定されていたのです。委任されたものとして、行政命令の書き換え、行政命令相当規定の制定などを具体例を示しつつ論じられています。また、本来的自治体の事務が法律のなかで扱われる場合もあり、その場合には委任を観念する余地は無いとされています。また、分権改革後の条例としては、法律にもとづく条例でも法定受託事務に関するもの、法定自治事務に関するもの、法定外自治事務に関するものに再整理できるとされ、前二者について法律に条例規定があり、それが「政令に定める基準に従い」という規定になっていた場合には、具体的状況において政令の内容が自治法2条の関係規定に照らして妥当でないこともあるという発想を持つことが重要で、それが対等な法解釈権の帰結であると主張されています。
 第2章 法定自治事務をめぐる総合的対応と条例
 分権改革前は縦割り行政を反映した機関委任事務によって総合的な行政運営ができなかったと主張する自治体が多かったですが、では、総合性とは何かについて論及されています。機関委任事務が邪魔で総合的対応ができなかったとは言うものの、では機関委任事務が廃止されれば直ちに総合的対応ができるわけでもないわけです。そして総合的条例のラフ・スケッチとして、都市マスタープラン・まちづくり計画・環境管理計画などのローカル・ルールに、予定される開発行為計画が適合しているかどうかを、利害関係住民の参加のもとにチェックするプロセスを置き、その手続を終了した後、申請は上乗せ、横だし的内容を持つ条例の審査を受けることになるという計画適合性評価過程と基準適合性審査過程を示され、これに伴う組織の整備のあり方についてまで論及されています。これが北村先生の考えておられる政策法務によって策定されるべきモデル条例の一つであると思われ、これを実行できれば自治体の政策法務能力は相当レベルアップすることになると感じました。
 第3章 新地方自治法施行後の条例論・試論
 本章は条例論総論と言える内容だと思います。分権改革の意義について、憲法の地方自治の本旨の原点に戻り、機関委任事務を廃止して新たな事務に振り分けたことによって、団体自治の側面が強化されたことを強調されています。そして分権時代の条例論の基本原理として、「地方自治の本旨」の再認識、新地方自治法1条の2が規定する国と自治体との新たな役割分担、2条11項から13項に規定する法律に関する立法、解釈、運用原則を掲げられています。分権改革の成果を実現するためには、自治体が主体的、積極的に法を使いこなすべきであるということは、この章からも確認することができると思います。これに加えて、法令の解釈についても、分権基本原則などの言葉によって、私たち自治体職員に法に対する意識を変革せよというメッセージを投げかけられているように感じました。
 第4章 法定受託事務と条例−産業廃棄物処理施設設置許可事務を例にして
 本章では、第1号法定受託事務に関する条例の可能性について、廃棄物の処理及び清掃に関する法律15条による産業廃棄物処理施設設置許可事務を素材として論じられています。法定受託事務の性質について、自治体の事務であるとはいうものの「自治体が処理する事務」という規定になっていることを指摘されています。新自治法の規定からははっきりしていないという点は気になります。また、一般論として、本来的法定受託事務の性質が強いほど条例制定権の範囲は相対的に狭くなり、そうでなくなればなくなるほど、法定自治事務に近くなり、条例制定権の余地も拡大するとされています。法定受託事務といっても様々であるため、条例制定権がどの程度まで及ぶのかは個別に検討し、その射程距離を判断する能力が自治体に求められるということになります。自治事務なら条例制定権は広い、法定受託事務は狭いと単純に二分化されると考えることは誤りだということになります。条例化に積極的な自治体にとっては心強い見解だと思います。
 第5章 「法定自治事務に関する条例」の可能性
 本章の最初の部分でも強調されているのですが、法令解釈権の拡大、法律解釈における国と自治体の対等性は第一次分権改革の最大の成果であり、自治体福祉向上のための条例対応を進めるうえでの必須の前提であることについては、何としてでも自治体全体に浸透を徹底するべきでしょう。そして、法定自治事務に関する法令の内容は、基本的に「標準的なもの」だという考え方は、学会では徐々に一般化しつつあるとされています。この考え方は、権威依存症が治癒しない、条例制定権の活用に萎縮しがちな自治体には後押しとなる薬となるでしょう。また、条例が法定自治事務のどの側面に関して制定することができるのかについては、法定自治事務とは法的にリンクしない条例、法定自治事務と法的にリンクする条例、法定自治事務の内容を地域適合化する条例に分類して、詳細に検討がなされています。法定自治事務であっても法律で定められた枠組みを改変するようなことを条例ですることはできないものの、いかにして地域の特殊事情に則した自治事務として処理できるかは、条例上の工夫次第でもあるわけです。こうした分類はまだ馴染みが薄いですが、今後、更に議論が活発になればと思います。
 第6章 委任条例の法理論
 団体委任事務条例を規定していた法律の個別条文は、分権一括法によっても基本的には改正されずに残っています。しかし、旧団体委任事務が自治事務になることで、旧団体委任事務条例に関する法理論はかなりの変容を受けるというのが本章のスタンスです。そして、委任条例の法的性質について、地域特性に対応するようなシステムは、法令だけでは整備できないことから、自治体が条例を制定して対応することを、制度設計の一部分として考えた、すなわち、国会は少なくとも条例の対象事項のかぎりで、国法システムに自治体の事情を反映させるべく、自治体の事務をつくる自らの権限の一部を、自治体に一般的に委任していると考えることができる、とされています。しかも、その場合の委任条例は限定的とは必ずしもいえないとされ、自治体が十分な立法事実を踏まえて地域特性適合的内容を付加したり、修正することは可能であると主張されています。条例制定権のあり方について、ともかく分権的に構成しようとする北村先生の姿勢が伝わってきます。自治体職員はこうした考えを共有化し、「委任条例」だから「限定的」だという考えに呪縛され、固執すべきではないでしょう。
 第7章 自治体環境法政策の再編
 環境法政策については、自治体が違法の批判を回避するようにうまく工夫して、独自の環境政策を生み出していったと評価され、問題に敏感に反応し機動的に対応する自治体現場は、環境法の最先端実験室であるとされています。本章では自治体環境法政策の体系、環境ガバナンスの拡充を目指す法政策の具体例、自治体環境管理における都道府県・市町村関係などについて論じられています。中でも環境基本条例の作成過程と実施過程については、自治立法過程の一つの実像を表現されており、興味深く思いました。
 第8章 土地利用調整制度の分権対応−高知県土地基本条例の制定
 政策法務に積極的に取り組まれている高知県の土地基本条例の制定経緯、基本条例の基本性や基本理念規定の意味、計画適合性評価の発想などについて論じられています。
 第9章 地方分権時代の自治体運営と自治基本条例
 自治基本条例について、本章では「自治体を自ら治めるそのあり方と実現方針・施策を規定する条例と緩やかにとらえています。自治基本条例はブームですが、環境基本条例に次ぐ第二の基本条例ブームで終わらせてはいけないと強調されています。私は、協働・参画、情報の共有を実践し、浸透させておらず、かつ、条例による行政の原則を確立していない段階で、自治基本条例を施行しても、その瞬間から自治基本条例違反だと思っています。ブームに終わらせないためにも、まずは実践ありきだと思います。
 第10章 地方分権時代の自治体行政と市民参画
 第12章までは、市民参画を中心とした論文になっています。分権改革と市民参画の関係について、職場などではまともな議論を聞いたことがありません。議論することさえ無駄だという風潮はまだまだ強いようです。分権改革と市民参画を全く無関係なものとして考えていると人も多いと思います。本章では、両者の関係性を詳細に論じられています。自治体の事務を処理する自治体の権威の源泉は市民になります。市民参画は住民自治の拡充、自治体の自己決定の一翼を市民にも担ってもらうことで、実効性を有することになるわけです。住民自治の実現には、透明性・信頼性と答責性・応答性、パートナーシップなどの基本理念が自治体行政に要求されると指摘されています。見掛け上はこれを実現していても、中味が無ければ住民自治は空洞化するでしょう。そして、参画が実現してはじめて協働が可能になるわけです。論理的には協働参画ではなく、参画協働になるということです。自治体職員の意識改革を徹底し、原課の提案がいかに分権適合的であるかを説明しなければならないような意思決定システムが構築できれば市民参画の実効性は格段に高くなるでしょう。
 第11章 環境政策・施策の形成と実施への市民参画
 第10章の続編のような感じでしょうか。環境政策・施策の形成・実施に対する参画の基礎となる法理として、環境権があることを指摘され、かつ、環境基本条例にある環境配慮義務からもその法理を求めることができるとされています。
 第12章 自治体版パブリック・コメントの可能性
 パブリックコメントについては、議会軽視だという意見が議会筋から多く出されているようです。しかし、これは誤りであるとされています。行政レベルにおける政策決定に際して、より多くの市民意見を反映させようとするものであり、議会軽視とはなりません。こうした意見が出る議会は、審議レベルが低いとも言えるでしょう。また、パブリックコメントで提供されるのは「過程情報」であることに注意すべきでしょう。完成した案ではなく、見直しの余地のある素案だということです。この点について、自治体職員の中には誤った考え方をしている人が少なくないように思います。もっとも、修正件数や修正率の多少でパブリックコメントへの姿勢を判断するわけではありません。なお、標準装備としてのパブリックコメント制度は、要綱ではなく、条例化することが求められることは言うまでもありません。
(04.03.07記)

北村 喜宣・磯崎 初仁・山口 道昭 編 「政策法務研修テキスト」(第一法規・1,365円) 
 上記3名の編集委員のほか、執筆者として横須賀市職員の田口一博氏、出石稔氏が加わります。文字通り政策法務の研修用テキストとして、これら5名の方たちがこれまでなさってきた研修のレジュメを持ち寄り、執筆されたものです。政策法務の第一人者と言ってよい方たちによる待望の研修用テキストと言えるでしょう。
 本書の構成は第1章から第6章までで、最後に資料編として著名条例と判例要旨が掲載されています。また、第6章は演習問題になっています。第5章までは解説編と言って良い内容ですが、文章はコンパクトで、自分で書き込みをしてサブノートのようなものに仕上げていくのが一つの典型的な使い方になるでしょう。
 ともかく、”忙しいけど政策法務の知識は必要だ”、あるいは(私のように)”ラクをして勉強したい”という人たちにとっては救世主のごとく登場したテキストだと言ってよいでしょう。第6章までで本論82頁の超コンパクト本です。政策法務初心者の方が読むのはもちろん、、ある程度勉強している方が確認用に使うこともできます。
(03.12.04記)

北村喜宣 編著ほか 「ポスト分権改革の条例法務−自治体現場は変わったか−」 (ぎょうせい・2,800円) 
 財団法人地方自治総合研究所が「分権一括法施行後の法環境研究会」(主査・北村教授)を組織し、2001年から2002年にかけて神奈川県横須賀市と共同で、同市の事務調査を行いました。本書は、その調査結果に関する分析と分権改革による「法環境」の変化に関する理論的分析について論じられています。
 周知のとおり、分権改革に伴って最も積極的に自治体法務に取組んでいるのが横須賀市です。その横須賀市において分権改革後の事務がいかに変革し、一線の職員意識にいかなる変化が生じたか、あるいは国や県の関与の実態はどのようになっているのかについて詳細な分析がなされています。そして、最も先進的な取組みをしてきた横須賀市の実情が、分権時代における自治体法務のメルクマールになると思いました。
 しかし、非常に残念ながら、本書からは横須賀市でさえ、現時点において大きな変革が生じていないのではないかという印象しか得られませんでした。あれだけ積極的な取組みをしていた横須賀市でさえ、一線職員の意識に大きな変化が生じていない状況であるということは、他都市は推して知るべしということになります。こうした原因は大きく分けて分権改革に対する中央省庁の骨抜き工作、自治体自身による変革の回避などがあるようです。例えば、通達については効力を失ったはずですが、そのまま技術的助言として有効なものとして継続させていること、自治体側は従来の通達を分権改革後も同じものとして重宝しているということが挙げられるでしょう。分権改革は道遠しなのでしょうか。政策法務に乗り遅れている自治体は、本書を参考にいかなる対策が可能なのか、再検証すべきでしょう。
(03.07.27記)

北村 喜宣 著 「自治力の冒険」(信山社・1,260円) 
 信山社の政策法学ライブラリィの7冊目になります。分権が施行されて3年が経過しようとしていますが、分権を具体的に推進しようとしている自治体はまだまだ少数派のようです。その中で、自己決定力強化戦略や職員研修における意識改革、分権条例の理論、条例の実効性確保、分権時代に相応しい条例実例などが論じられています。
 例えば、群馬県では2002年3月に「群馬県自治推進計画」を策定し、職員に対してポイントを示しつつ、意識の改革を求めています。特に法令の自主解釈を強調するとともに、違法・不当な国の関与に対し、安易に妥協せず毅然と対応するために、国地方係争処理委員会の活用を射程に入れて、総務部総務課に手続き窓口まで設置しています。群馬県の取組は先進的ではありますが、北村教授もご指摘されているように、問題は、職員個々がどこまで本気(マジ)になるかでしょう。往々にして屋根まで上らせて振り返ると梯子がはずされていたということになりますから。職員たちにすれば、まだまだ疑心暗鬼なのではないでしょうか。
 また、北村教授が環境法の専門家であることもあり、分権条例の具体例は環境行政条例が多く採り上げられています。例えば、宮城県では議員立法によって「ピンクちらし根絶活動の促進に関する条例」が制定され、施行されています。自治体において、議員立法によって政策条例が制定されること自体非常に珍しいのですが、残念ながら宮城県内でピンクちらしが問題になっているのは、仙台市の特定の地域だけのようです。ならば、仙台市が条例制定をすべきだったはずなのに、どういうわけか仙台市では条例制定は議論にならなかったそうです。類似条例は兵庫県でも制定が検討されていたと思います。
 具体例を豊富に取り入れ、分かりやすく説明がされていますので、非常に読みやすいと思います。自治体の分権推進政策をいかにすべきかを考える際のコンパクトなテキストとしてお勧めできます。
(03.02.16記)

北村喜宣 著 「自治力の発想  パワーアップ分権時代の政策法務」(信山社)
北村喜宣 著 「政策法務がゆく! 分権時代における自治体づくりの法政策」(公人の友社)  
 いずれも環境行政法が専門の北村教授による政策法務のコンパクトな入門テキストです。立正大学の山口教授の「政策法務入門」が自治体職員出身の研究者による政策法務テキストであるなら、こちらは研究者でありながら行政現場をつぶさに熟知されている方によるテキストです。
 
まず「自治力の発想」では、第1章と第2章で地方分権時代を迎えているにもかかわらず、自治体現場ではいまだに国からの通知・通達を心待ちにしているところが少なくないことを指摘し、分権時代の法務的対応について論じられています。第3章以下では、環境行政法を素材にして、政策法務的課題をコンパクトに論じられています。環境行政法に疎い私でも興味深く、その法的問題点が多々あることに気づかされました。

 
また「政策法務がゆく!」は、政策法務というものの考え方について、平易に論じられています。対外的政策法務と対内的政策法務、条例改革に関する論述は、私が以前からボンヤリと持っていた問題意識とピタリと一致したので、思わず笑みがこぼれてしまいました。
 一部、「自治力の発想」と重複する内容も含まれていますが、政策法務「総論」を学ぼうとするなら、こちらのテキストから読むべきかもしれません。
(02.12.01記)